「Loser's Parade」

for さえない日々

曽我部恵一が語る、音楽で生きていくということ。

twitterで流したらあっというまにRTの嵐。Tumblrで流したらreblogの嵐を受けたこの話題をブログでもしておきます。


RO69にて、曽我部恵一が「プレイングマネージャーに訊く!」という特集にてインタビューを受けていました。そこでの話が、そりゃあもうすごい面白かった。
邦楽 活字版!「プレイングマネージャーに訊く!」曽我部恵一【前編】 | 特集 | RO69(アールオーロック) - ロッキング・オンの音楽情報サイト
邦楽 活字版!「プレイングマネージャーに訊く!」曽我部恵一【中編】 | 特集 | RO69(アールオーロック) - ロッキング・オンの音楽情報サイト
邦楽 活字版!「プレイングマネージャーに訊く!」曽我部恵一【後編】 | 特集 | RO69(アールオーロック) - ロッキング・オンの音楽情報サイト

―そういう交渉も社長自ら?

曽我部:僕もやるし、うちのスタッフもやるし。

―それは、向こうの世田谷営業所みたいなとこに行くわけ?

曽我部:とか、あの、やっぱり場所・場所なんだよね、あれってね。その地区その地区で、いろいろシステムがあるから。だから、その地区の担当の人としゃべって。「わかりました、持って帰って会社に話してみます」とかって感じだよね、だいたいね。で、「ここまで下がりました」とかなって。それでがんばってやってますね。
ただ、そのインターネットで売る場合は、送料を引いても、小売に卸すよりも全然いいんすよ。だからそれで、すぐ、月に100万円とか200万円とかいくようにはなったよね、売上げが。

―へえー。今の生々しい数字は、のっけちゃってもいいんですか?

曽我部:いいよいいよ、全然。だってそれは、若者にとってリアリティあるじゃないですか。「そんな、小売使わなくても月100万くらいは通販で儲かるんだよ」みたいな話は。

―そうだね。

曽我部:だから、僕らはそこにすごい可能性を感じたの、インターネットの通販ていうのに。で、結局今、レコード屋さんとかもさ、みんなオンラインでやってるじゃん、店舗持たずに。でもまあ、それは実は効率よくって。スタッフも少なくてすむし、家賃かかんないし。だからこれでどんどん拡大していきたいなっていうところが、今なんだよね。

曽我部:あのー、でも俺もメジャーでやってた頃は、毎回、ツアーやると赤字出してたし。

―(笑)そうなんだ。

曽我部:ユニバーサルでやった時も、ムゲンでやった時も、350万くらい赤字になったわけ。で、あのさあ、ツアー回って、ローディーが2人くらいいるじゃん? ローディーってまあ、チューニングしたり、弦張ったりとか。

―楽器持ってきてくれたりとかする。

曽我部:とか、運転したりとか、ライブ終ったら楽器をクルマに積んだりする役目の大人が2人いるわけよ。でさ、プラス、マネージャーがいて、下手したら……あ、下手しなくてもPAはいるよね。で、下手したら照明さんも連れていくっていう。で、終ったら、打ち上げだっていって居酒屋の座敷とって、わーってやるのも、全部こっち持ち。っていうのをやってたら、どんなにしても赤字っすね。

―(笑)うん。それを全部やめたと。

曽我部:全部やめた。だってローディーにしろ、照明さんにしろ、PAさんにしろ、全部いるんだもん、ライブハウスに行けば。「それが揃ってますよ」っていうのがライブハウスの値段で。だから、ライブハウスって1日借りるのが 20〜30万するんだけど、それ全部込みでさ、20〜30万でこっちに提供してくれるわけ。でも、それじゃ満足できないから、自分のスタッフを連れて行きますよ、っていうのがツアーじゃん。「そんなことしなくても現地にプロのPAの人いるんだから、全然いいじゃん」とか言って、やり始めた。

―会社を作って初めてわかった「うわあ、これ、こんなに大変なんだ」「うわあ、これ困った」っていうようなエピドードをですね、いくつか開陳していただければ。

曽我部:う〜ん、まあ、でもその、ツアーを自分たちだけで、スタッフを雇わずにやるっていうことの、肉体的なしんどさはやっぱあるよね。要するに、九州だったら九州に運転して行って、10時間ぐらいかけて。それで着いたと思ったら楽器全部下ろして、それをステージに持ち上げて、下手したら階段で、地下2階とか地上3階とかのライブハウスで、エレベーターない所もいっぱいあるんで、そこまででっかい機材を持って上がって。で、組んだと思ったら、もう、すぐライブ。で、わーって2時間とか3時間やって、それから物販を自分たちで手売りして、片付けして、次の街でしょ。それが肉体的にはやっぱりしんどいけどね。でも慣れちゃった、もう。

―「そういうもんだろう」って?

曽我部:そういうもんっていうか、体がそういうふうになってきちゃって。昔だったら、「これちょっともう無理」とか思ったんだけど。今はわりかし慣れてきて、いい感じっすよ。まあ、慣れちゃうよ? 引越しのバイトだと思えば。

―(笑)。

曽我部:引越し屋のバイトを2時間やった後、ライブだと思えば。

―でもなかなか、引越し屋のバイトを2時間やった後ライブしてる、プロのバンドはいないわけで(笑)。

曽我部:現代のバンドはそこまですべきよ、やっぱ。だって、CDが売れないんだから。絶対的な現実としてさ、CDが売れないっていうのがあるわけじゃん? それをやっぱ受け入れなきゃいけないわけだし、どんな人も。やっぱり引越し屋のバイト2時間やってからやるべきだよね。

曽我部:あと、兵庫さんが営業しながら原稿も書いてるとか。ミュージシャンも、そういうのでいいじゃんって俺は思ってたんだけどね、うん。なんか、ミュージシャンっていうのはアーティストで、ちょっと浮世離れしたもんじゃないとダメなんだ、っていうのは、もう、今21世紀にあんまり通用しない考え方じゃないかなって思ってて。どっかその辺のコンビニの兄ちゃんが歌いだして、でもすっげえ人気があるんです、みたいな方が、面白いと思うのね。だから、そういう時代なのかなとも思うしね。それは経済的な必然でもあるし。ただ、自然とそれをやってるんであって、方法論だけを優先してるだけではないですけどね。
僕らの場合は、スタッフそんなに雇えないっていうのが、まずあった話だし。「じゃあスタッフもできる?」「やってみます」みたいなことで始まった話だから。それが、今、形になりつつあるだけの話で。まあ、だからパンクだよね、ある意味。

―まさに“Do it yourself”ね。

曽我部:うん。だから、そうやってやり始めた感じ。“Do it yourself”っていうその思想は、その後知ったんだけど。「ああ、例えばアメリカのハードコアのバンドたちがやってたことって、自分たちが今やってることとほとんど同じだなあ」とか。

すごい。まさにパンクである。曽我部恵一がソロになり、更に曽我部恵一バンドを始めてから音楽性やライブがやけにポジティブで攻撃的になったのがなんとなくわかったかもしれない。かつての『若者たち』は、いまやすっかり大人になっているお話です。